第1回 老舗の『中の人』に聞く ~伊場仙様より~

今回が初回となる「老舗の『中の人』に聞く」シリーズ。

逸品を手掛ける老舗で働く現役バリバリの皆様は、どのような思いで品物、商売に接しているのか――第1弾の今回は日本橋小舟町の伊場仙様より営業課長の大内様に、ご自身のお仕事のことや伊場仙様の魅力、日本橋小舟町への思いについてお聞かせいただきました。

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大内茂(おおうち しげる)さん:株式会社伊場仙 営業課長 1966年生まれ、東京都出身。

大内さんのお仕事

――今日はお忙しい中お時間をありがとうございます。まずは大内さんご自身のことなんですが、大内さんは和紙の業界からキャリアをスタートされているんですよね。

 そう。京橋にあった和紙問屋に就職しまして、それからずっとこの界隈ですが、7年前から縁あって伊場仙でお世話になっています。

――扇子といっても材質はやっぱり竹と和紙ですから、和紙との関連は深いんでしょうか。

 扇面の地紙が和紙だから、まったく知らないよりは知っていたほうがいいでしょうね。

 作家さんなんかだと好きな和紙にそのまま描いて、それを地紙に貼って扇子を仕立てます。そういうのは「廻し合せ」って言うんですが、そういう製法もあります。作家さんに和紙を選んでもらう時には、こういう和紙がおすすめです、こういう和紙はやめたほうがいいと、アドバイスができますよね。

 和紙に印刷したいっていうお客さんにも和紙ごとの適性がいいですよ、悪いですよと、そういった説明はしていますね。

――営業だけではなくて、生産調整や企画などもされていますよね?

 一応営業部ですが、お客さんのニーズに合ったものを企画して、紹介する。扇子のモデル、つまりサイズ、扇子の骨の色、印刷するのかどうするのか、名前を入れるのか、どういった袋に入れるのか、箱に入れるのか――主に法人向けの贈答品でそういう調整を手掛けることが多いですね。

――弊社が団扇を作っていただいた際は50本を2柄で、少なくて申し訳ないなと思ったのですが、実際オリジナルはどれくらいの数から作れるものなのでしょうか?

 50本かな。扇子も、そうですね…多ければ多いほうがいいんですが、分母が少ないと一本あたりが高くなるから、やっぱり50本くらいでしょうか。江戸扇子であれ、京扇子であれ、しけびき扇子とかちょっといい物でも同じと思ってもらって構いません。

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手ぬぐい生地で仕立ててもらった当店オリジナルの団扇

――いざ作るとなったら、弊社の団扇は房州に依頼していただきましたが、房州の場合はオリジナルの手ぬぐいを扇面の型に抜くところから房州でしていただいていました。房州団扇の場合は一か所に集積しているわけですが、江戸扇子なんかもそういう風に、一か所で製造できるものなんでしょうか?

 団扇も1軒で加工しているわけではなくて、エリア内の4,5軒でしてくれているんですね。江戸扇子の場合はもっと多くて、大まかに分けても5軒くらいかな。

――こういう5軒なりについての調整を伊場仙様がしているということなんでしょうか?

 はい。

――江戸扇子だと、そこからまた東京に生産が依頼されてくるものなんですか? 

 いやいや、必ずしも東京ではなくて、江戸扇子っていうのは、そういう名前のモデルと思ってもらったほうがいいです。江戸後期に江戸の市中で流行した扇子の形。15間、つまり骨が15本のモデル。

――なるほど。そういうものなんですね。御社の取り扱い製品の割合について教えていただけませんか?

 扇子6、団扇3,和文具が1割。扇子の中では江戸扇子5、京扇子5で半々くらいですね。

――贈答品とご自宅使いだとどちらが多いんでしょうか?

 伊場仙全体ではお店での販売と法人向けで半々くらいで、私の仕事は法人向けに名入れする贈答品が多いですね。親骨に先方様のお名前と何周年記念っていうのを特殊な印刷で入れる。竹に印刷するから紙に入れるのとはちょっと製法が違うんですが、箔押しなんかもありますね。2千本、3千本って数が大きくなると中国で作ることになるからそういう調整もしますね。

――国産と中国製とは数で決まるんですか?

 そうですね。普通は100本くらいでも日本だから、扇子はほとんど日本製ということになりますね。ただ、扇面が綿ローンとか薄い布の場合は中国に出すことが多いから、世間で出回っている「布の扇子」の9割方中国製ですね。

江戸扇子は折り幅が広く、絵柄が見やすい

江戸扇子について

江戸扇子について伺いたいんですが、江戸扇子って京扇子みたいに真横に開かないですよね。あれは何故なんでしょうか。

 あれは江戸の昔からああいう形だったみたいなんですよね。骨の数が少ないから、折り幅が広いでしょう? つまりね、細かい絵面でもわかりやすいんです。

――なるほど、絵柄が出やすいんですね。

 そう、蛇腹の数が少ないから浮世絵なんかでも図柄がわかりやすい。京扇子は35間だから70面はあるわけだけど、江戸扇子は約30面ですよね。

――江戸扇子の特徴って両端の骨が太くて丈夫っていうそこに尽きるのかと思っていましたが、絵柄の見え方って確かに重要ですね。

――江戸扇子のグレードってどんな風に分かれていますか?

 白竹、唐木、煤竹と骨で3種類あって、煤竹に両面、片面の違いで5種類ですね。値段は白竹と唐木で一緒。扇面は印刷が多いですが、地紙が和紙だから簡単に印刷できるわけじゃなくて、それなりに調整があって納期は必要ですよね。

大内さんが普段使いしている扇子。持ち方についてのお話は必見!

扇子の使い方と寿命

――大内さんがお使いのお気に入りの扇子で、扇子の使い方についてお話を伺えませんでしょうか。(持って来てくださる。京都で誂えたという布扇子)。

 紳士持ちだから少し大きい作りですね。

――持ち方ってありますか?

 持つときはね、抑えちゃいけないのがこの中の骨。ここを親指で押すとすぐに折れちゃうから。

この中の骨を親指で抑えてはいけない。

――親骨は二の腕に沿わせておいたほうがいい?

 その方があおぎやすいですよね。腕というより手首だけであおげるから。

親指を向こうの親骨に、手前の親骨は二の腕に沿わせる。
きちんと持つと手首だけであおげる。

――ちなみにこれはどういう製品なんでしょうか?

 この扇面は浴衣地の布。布地が厚いからあんまり骨の数が多いと折りが多くなって畳んだ時にハリセンみたいになっちゃうから、骨が20本と少ない仕様で誂えてますね。骨は白竹を染めた唐木。一年くらい使ってるから少し褪せてきてるかな。

――なるほど。そういえば、扇子の寿命ってどれくらいのものだと思っていたらいいんでしょうか? やはり1年?

 いやいや、大切に使えばずいぶん持ちますよ、それこそ一生とか。

――張替なんかはできませんでしょう?

 そう、扇子の修理っていうのは要(かなめ)の修理しかできない。要を差し替えて打ち直すことはできるんですが。

――そうなんですか。煤竹の骨とか、とてもいい物の場合にもったいないなぁと思ってしまうんですが、それは仕方がないんでしょうか。

 やはり消耗品ですからね。工芸品とかいろんな考え方があるけども、生活雑貨だから。

――そういうことなんですね。まあ、カンカン帽みたいなものでしょうか?

 カンカン帽? あ、帽子か(笑)。

――そう、昔、ほんとにおしゃれな人はひと夏の終わりに川に投げて捨てちゃったみたいな。

 そんな人いたんですか?(笑) まあ、そういうことかもしれないですね。毎年買い替える人もいるし、物持ちのいい人は長く使うでしょうしね。

伊場仙様の1階は中央区指定の街角ミュージアムになっており、同社の伝統の一端に触れることができる。

伊場仙様と街について

――伊場仙様の大きな魅力というのはどの辺にありますでしょうか?

 伊場仙は420年以上にわたって商いをしているわけなんですが、お客様に正直に真摯に向き合ってるからこそ今までつながっているんだろうということは感じますよね。今でいえば扇子、団扇と一部の和文具だけっていう商売に真摯に粛々と取り組んでいるっていう信頼感でしょうか。

――420年という歴史に関連するのですが、伊場仙さんのお店の立地というのは、創業以来数十メートルしか移動していないそうですね?

 いや、ほとんどここらしいですよ。うちの店の前の通りは堀だったみたいですが。それで、ほら戸田屋さんのほうに行くと堀留町ってね。江戸全体が運河の町だったみたいですからね。

――そういう意味では街そのものはだいぶ変わったということですよね。

 そう、昔は小舟町じゃなくて堀江町って言ったらしいですね。街は変わるけど伊場仙は変わっていない。

――最近では三越前のほうでコレドが新しくたくさん建ったりとか再開発も盛んですが、このあたりも人が増えるとか、そういった影響ってありますか?

 今後は日本橋の川の上の高速がなくなるとかもありますけど、そういう意味では、この辺はあんまり変わらないと思いますね。江戸時代の話では、こっちのほうが栄えてたって言いますけどね(笑)。今は昭和通りの向こうと比べたらこっち側って静かじゃないですか。でもいいんじゃないかなそれで。

――伊場仙様が扱う団扇、扇子ってこの先どうなっていくんでしょうか?

 この前に作ってもらった房州団扇もそうで、職人が少なくなってきているとは言うんですが、それなりに継承はされているんですよね。残っていくと思いますよ。和装と切っても切り離せないし、日用品雑貨であり工芸品であり、エコだっていう切り口の多さは強いですよ。

小舟町は大人の町。何もないのがいい。

――この町で働く大内さんから見たこの小舟町界隈のおすすめ、魅力ってありますか?

 魅力は…何もないこと(笑)。そう、静かでいい、子供がいないってことかな。本当に子どもたちがいないっていうんじゃなくて、いい意味で大人の町ってことですね。何もないんだけどぽつっ、ぽつって老舗があったり、昔ながらのとんかつ屋があったり、堀留公園があったり(笑)。

 そういえば、堀留公園の脇のとんかつ屋のロースとんかつ定食720円、これはおすすめですね(笑)。うちの社長が子供の頃からあったっていうしね。

なるほど、それは素晴らしい情報をありがとうございます。折を見てぜひとも立ち寄ってみるようにいたします。

今日はお忙しい中お時間をありがとうございました‼

不慣れ、不束な店主のインタビューにも優しくお答えくださった大内様。誠にありがとうございました。この後、事務所から階下に移動し、中央区の街角ミュージアムにも指定されている1階の展示を拝見、お店にもお邪魔させていただきました。

2021年8月吉日

店主拝