【寄稿】たまゆら便り⑬ ~鈴木猛利という書家~--静かな佇まいと確かな生き方--

根津の闇夜に茫として浮かぶ「たまゆら」の佇まい

 根津で二十年余、界隈で幾度かの移転を経ながら愛され続ける酒場「たまゆら」。

 バーのようでいてバーでなく、スナックではなくクラブでもない。

 店主様は「一期一会のサロンみたいなものだといいわね」とおっしゃいます。

 ご好評頂いております「たまゆら便り」13便を頂戴しました。

 今回は、コロナ禍に多くの人々を励ました荒川河川敷での旗振り企画の発起人のお一人でもある書家の鈴木猛利先生の人となり、そして店主様も参加した活動の様子なども。

 千駄木・根津界隈から自転車や徒歩で移動しながら思う徒然をお寄せいただきました。

 

たまゆら便り⑬ ~鈴木猛利という書家~--静かな佇まいと確かな生き方--

鈴木猛利と云う書道家がおります。

珠々、たまゆらの近くにある彼の知人の店に食事に見えた折に、立ち寄って下さったのが縁となり、嬉しい連がりを得た方です。

お若い乍ら、静かな佇まいと確かな生き方をお持ちの方です。

荒川河川敷に掲げられた鈴木先生の書

コロナウィルス感染に際し、緊急事態宣言発令以降何ヶ月間か、彼の認めた「今日もがんばろうぜ!」等の横断幕のもと、JR総武線新小岩と平井間にある荒川河川敷での旗振り。朝7時から9時までの2時間、上下の電車が通過する度に大きく旗を振り、今日もがんばろうと声を発します。

私も何度も仲間にさせて頂き、思い切り旗を振り、見知らぬ方々とも一体感を感じさせて頂きました。時折、車掌さんは大きく手を振って応えて下さり、運転士さんは、警笛でしょうか、警音でしょうか、気持良く鳴らしてくれました。

こんな朝も有りました。近くの小学校の校長先生のお取計らいでしょうか、子供たちの鼓笛隊が演奏し力強いエールを送ってくれて始授業に間に合うように、学校へ帰って行きました。

近くの小学校の生徒さんたちが参加してくれたことも

帰路何回か猛利さんの車に同乗させて戴き、途中一寸の間のコーヒー。

寒い朝、立ったままだった身体に一杯のコーヒーと椅子はこの上なく有難いものでした。

スカイツリーでの年初書き初めを拝見するのも三回を過ぎました。縦横10m弱の内に、袴姿に太い筆を両の手に、今年は天上壽と書き上げました。認めた墨の間を速やかに移動させ、ゆったりと流れるように完成させて行きました。

彼の教室「白日居」での生徒さん達の作品展を見に行かせて頂いた日があります。教える彼の字に似せた字では無く、皆さん各々の書がそこに在りました。

たまゆらにいらして下さる事が縁で、白日居に通われている若い女性の方がおられます。その方が先日、「お稽古で書きたい一文字を書いた後、先生に書の事では無く、「貴女なら何処に落款を押しますか?」と優しく言われたの。」

彼女と私は顔を見合わせ、そこが猛利さんと納得した事を思い出します。

2022年書初めの様子
書き上げられた「天上壽」

もうお一方、彼のお弟子さんが店に見えます。その方に近日中に先生の個展がありますと聞き、開期中と思われる日曜日、自転車で神楽坂を目指しました。

15世紀には、すでに不忍池と呼ばれていた池に添った中央通りまでの道と、目白台二丁目交差点までを不忍通りと言います。

後楽園や神楽坂方面へ行く時は、常日頃なら言問通りを東大方面に登り、こんにゃく閻魔(源覚寺)を左折しシビックセンターを抜けて行くのですが、陽気が良いので不忍池を左に見、湯島の交差点を右折して春日通り本郷台を上下し、シビックセンター、後楽園、飯田橋へと向かいました。

神楽坂は江戸時代の花街と思っておりましたが、実は大正時代に隆盛を誇った、花街としては比較的新しい所のようです。

神楽坂の坂下口と呼ばれる飯田橋付近に近づくと、思った以上の人出に戸惑いました。

もう晩秋に向かう黄昏前、神楽坂下より見上げる

若い人達のみならず親子連れからご年輩の方々まで、大勢の人達が坂を登って行きます。

自転車で来た事を少し後悔し、自転車で通る申し訳無さに、すいませんを連発しながら上へと登って行くと、太鼓の音や囃子と盆踊りの列ではありませんか。コロナ禍で何年振りとなるのでしょうか。通行止めとなった車道に、慣れた様子で、あるいは前の方の踊りを見様見真似で、老若男女皆さん踊りを楽しまれておりました。両脇には急拵えの屋台やら店の店頭に台を出したりと大賑わいです。群がる皆さんも笑顔です。祭りや盆踊りとはこんなにも楽しいものなのだと改めて知り、非日常の集いには一味違った幸せの匂いがしました。

さて白日居に着いてみると、鍵も閉まり何の変化もありません。私の早とちりと帰りは大久保通りを左に曲がり、自転車を走らせました。

若かった頃、佳作座へよく足を運んだものです。今もギンレイが映画ファンを楽しませてくれています。このコロナ禍で数ヶ月間、休館を余儀なくされてしまったようですが、このままでの衰退を避けるプロジェクトを立ち上げ、目標だった1,000万円を大きく越えて2,000万円が集まったそうです。庶民の力とはかく有りたいと嬉しい感慨でもあります。

自然界然り、人は書物や絵画、映像によって生在る事を味わい、支えてもらったり、知らない事を教えてもらったり、ドキドキさせてもらったり盛り沢山を感じさせてもらえます。慣れた道をあれやこれやと、つらつら思い乍らこんにゃく閻魔を右折し本郷通りを突っ切り、家路へと着きました。今日も気持の良い午后ではありました。

たまゆら店主(右)と毛利先生

後日、白日居での猛利さんの個展は不都合が在り、延期になったと知りました。次の楽しみと致します。

2022年10月吉日

たまゆら拝