【寄稿】たまゆら便り⑨ ~秩父再訪・或る珈琲道~

根津の闇夜に茫として浮かぶ「たまゆら」の佇まい

 根津で二十年余、界隈で幾度かの移転を経ながら愛され続ける酒場「たまゆら」。

 バーのようでいてバーでなく、スナックではなくクラブでもない。

 店主様は「一期一会のサロンみたいなものだといいわね」とおっしゃいます。

 ご好評頂いております「たまゆら便り」。第9便は年始にふと思い立って再訪されたという秩父散策から。

 「本来的な出逢いとは、経年しても色あせる事無くいつ逢っても嬉しさのこみあがる出逢い」

 秩父の風土と、美味なるコーヒー、店主様はまた出逢いに恵まれたようです。

たまゆら便り⑨ ~秩父再訪・或る珈琲道~

 

今年に入っての或る日曜日、気分良く早々と洗濯も済ませて、今日はのんびりひねもす…と思いましたが、身体も快適だし天気も上々、そうだこんな日はと池袋へ向かいLaviewに乗り込みました。

思い立ってLaviewのシートに身を委ねる

 私の娘時代には、省線と呼ばれていた山手線から他線へと乗り換えて、三十分も経つと閑な田園風景が拡がって行ったものですが、今ではなかなかそういう訳には参りません。何処までも住居群がひしめき日本の一極集中化が一目瞭然です。

 西武鉄道Laviewに揺られ飯能まで着くと、線路がスイッチし前後逆になります。路線が変化する事も有り、漸く鬱蒼とした景色へと変わります。大きな車窓からこの何気ない景色を目にする事も目的の一つでしたが、もう一つ行きたい所が有りました。

 前回、秩父を訪ねたとき、偶然出会ったコーヒーの店です。

 その日、以前から一寸辛い足の痛みに、ゆっくりと温泉にでも浸かりたいと、武甲温泉を選び横瀬駅に降りました。

飯能を過ぎ、ようやく山がちな眺めが広がり始める

 良い感じの露天風呂も堪能しました。訊いてみると宿泊施設もあり、しかも、本日宿泊可能との事でした。但し、急なので夕餉の用意は無理との事。それではとタクシーを飛ばし秩父へ向かいました。

 運転手さんにお勧めの店を訊ねると「ファミリーレストランで良いですか? チェーン店で良いですか?」との返事。昔から旨い店はタクシードライバーに訊け、と聞いていたのに何事と思いきや、コロナ禍で休店揃いという実態でした。閉店間際のそば屋を見つけお腹を満たし、少し東町辺りを散歩でもと歩いてみました。或る店が気になり入ってみると、有難いと思える程の美味しいコーヒーを飲ませてくれました。さすが「珈琲道」と銘打つ店と舌鼓を打ち満足させていただきました。これこそ一服の幸せと云うものです。

 秩父神社は平安初期に創建、関東で最たる古刹に入る立派な社です。現在の社殿は徳川家康の寄進により創建され、江戸時代の様式をつとに留めているそうです。最近、彩色を新しく施されて真新しくなった左甚五郎作と伝えられる「子宝子育ての虎」「つなぎの龍」は見事な輝きを放っておりました。

「つなぎの龍」は新たな彩色を得て見事な輝きを放っていた

 十二月の秩父夜祭は国の重要無形民俗文化財、重要有形民俗文化財に指定され、京都祇園祭、飛騨高山祭と共に日本三大曳山祭のひとつとの事です。曳き廻しに呼応し打ち上げられる花火でも知られ、行った事はありませんが、私もポスター等で圧倒されたことを憶えています。秩父夜祭は武甲山の男神と秩父神社の女神が、年に一度の逢瀬をとげる物語として、ロマン極まる風土史でもあるようです。

 武甲山は標高1,304メートルと、さして高山とはいえませんが、秩父市から眺めるその山はとても美しいものでした。本来的な出逢いとは経年しても色褪せる事無く、何時会っても嬉しさのこみあがる出逢いを言うのでしょうね。

武甲山は

 秩父は名水でも名を馳せている地なので、尚、あのコーヒーは美味しかったのだろうか等と思い乍ら、秩父駅からブラブラと街を散策し、東町へと入って行きました。

 前回にはいらっしゃらなかった奥様が接客をなさり、御主人は奥でコーヒーを淹れておられました。余り濃くない柔らか目のコーヒーをゆっくりと頂きました。持参した小さな本をつらつらと読み、二杯目からは250円等と、法外なサービス値のコーヒーをも堪能し、お勘定を済ませます。

 御主人が奥から出ていらして「クラシックは如何でしたか?」と訊ねて下さいました。80歳に手の届くその方は、生まれたそのままを生き乍ら、それ故に、時には自らに必要以上を問い掛けながら精進なさっている方のようにお見受けしました。

 来店する一人ひとりの客人に誠意をもって接する、その穏やかな笑みに、再、ふれました。再、有難い珈琲を頂きました。

 秩父には春の頃美しく咲く桜も沢山という事です。その中でもと、青雲寺のしだれ桜の見事さ尊大さを教えて下さった方がおりました。3月26日から4月8日までのライトアップに照らされた桜樹の美しさを熱く語ってくれました。

 春の頃、コーヒーがてら桜を訊ねてみましょうか。

 もう一か所秩父への想いがふえそうです。

2022年1月吉日

たまゆら拝